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川遊び

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当サイトのこと

  • 5月24日
  • 読了時間: 3分

更新日:5月28日

このサイトは50年間、「命とは、生きるとは」を常に考えて生きてきた私自身の集大成のサイトです。

仕事・育児・闘病生活を経て、活動を集約するまでに、長い時間がかかりました。


5才の時、母親の流産の場面に立ち会ったことが命と向き合うきっかけでした。


20才の時に発展途上国へ行き、毎日数時間かけて水汲みに行き、一生を過ごす女性の生き方を目のあたりにしました。

そこで、当時の日本とは全く違う環境・暮らしがあることを知りました。


発展途上国でみてきたこと

36年前のインドネシアスマトラ島でのことです。

関西のNGO・PHD協会の方々と行きました。


西スマトラ州の州都パダンからバスでデコボコ道を6時間ほどかけて、小さな漁村に到着しました。

女性は狭い家の中をきれいに掃き清め、家は確かに木造の狭いつくりでしたが、とても清潔感がありました。


村には、ココナツオイルを作っている人々がいました。

数個のココナツを斧で割ってすりおろし、水を注いで絞るとココナツミルクができます。

すりおろしたものを大きなざるに乗せ、体重の重い女性が足で踏んで、しぼり出していました。

かなりの重労働で、時間がかかります。

薪に火をつけ、それらを長時間鍋で煮詰めます。一日がかりで、わずかなオイルができます。


効率とはほど遠い世界ですが、子ども達の笑顔はまぶしい位で、私が歌をうたうと、沢山の子どもが寄ってきました。

言葉は通じませんが、箒をギター代わりにして、夜通し一緒に歌い、過ごしました。


二つ目の村


一つ目の村と違って、村に電気が通っています。靴も履いています。

色鮮やかな洋服も着ています。


けれど、一つ目の村の子どもたちと違って、表情がありません。


私達を見て、指をくわえ、もの欲しそうにしています。


その時感じたこととこれからのこと


私は対照的なこの2つの村を見て、「物質の豊かさと心の豊かさは比例しないのか??」と、大きな疑問が沸きました。

まして二つ目の村では、電気が通ったために、父親が遠い町まで出稼ぎにでなくなり、その結果、村には女性と子どもが残ったと聞きました。

父親がいなくなったための寂しさがあるのか、社会とつないでくれる父親がいなくなり、世界が狭まってしまったから表情が貧しいのか、それは分かりませんでした。

物質的な豊かさと心の豊かさについて、非常に考えさせられる経験になりました。


以後、物質的なものとは少し距離を置きながら知恵や工夫をしながら生きることを楽しむ、そうしたことを意識するようになりました。


もちろん私のDNAが石川県能登の山奥で生き抜いてきた方々のものをいただいているため、自分の中にそうした趣向があり、慣れてる?せいもあったかと思います。


どんな方の中にも、自分の身体を形づくってくれているDNAの中に、これまで様々な工夫をして生き抜いてきた方々の知恵がたくさん詰まっています。


昔の思い出も多くなるかと思いますが、色々とここに書いていきたいと思います。

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