- 21 時間前
このサイトは、50年間、「命とは、生きるとは」を考えながら生きてきた、私自身の集大成のサイトです。
仕事・育児・闘病生活を経て、活動を集約するまでに、長い時間がかかりました。
5才の時、母親の流産の場面に立ち会ったことが命と向き合うきっかけになりました。
20才の時に発展途上国へ行き、水がすぐに手に入らないため、毎日数時間かけて水のある場所へ水汲みにいく女性の生き方を目のあたりにしました。
そこで、当時の日本とは全く違う環境・暮らしがあることを知りました。
発展途上国でみてきたこと
36年前のインドネシアスマトラ島でのことです。
西スマトラ州の州都パダンから、バスででこぼこ道を6時間ほどかけて、関西のNGO・PHD協会の方々と、小さな漁村に行きました。
女性は狭い家の中をきれいに掃き清め、家は確かに木造の狭いつくりでしたが、とても清潔感がありました。
村には、ココナツオイルを作っている人々がいました。
数個のココナツを斧で割り、それらをすりおろし、水を注いで絞ると、ココナツミルクができます。
すりおろしたものを大きなざるに乗せ、体重の重い女性が足で踏んで、しぼり出していました。
かなりの重労働で、かなりの時間がかかります。
薪に火をつけ、それらを長時間鍋で煮詰めます。一日がかりで、わずかなオイルができます。
効率とはほど遠い世界ですが、子ども達の笑顔はまぶしい位で、私が唄をうたうと、沢山の子どもが寄ってきました。
言葉は通じませんが、ほうきをギター代わりにして、夜通し一緒に唄い過ごしました。
二つ目の村
一つ目の村と違って、村に電気が通っています。 子ども達は色鮮やかな洋服を来て、靴も履いています。
けれど、一つ目の村の子どもたちと違って、表情がありません。
私達を見ても、指をくわえてもの欲しそうにしています。
その時感じたこととこれからのこと
私はこの時、物質の豊かさと、心の豊かさは、比例しないのか??と、大きな疑問が沸きました。
まして二つ目の村では、電気が通ったために、父親が遠い町まで出稼ぎにでなくなり、その結果、村には女性と子どもが残ったと聞きました。
父親がいなくなったための寂しさがあるのか、取り巻く社会が狭まってしまったから表情が貧しいのか、それは分かりませんでした。
物質的な豊かさと心の豊かさについて、非常に考えさせられる経験になりました。
以後、できるだけお金をかけず、知恵や工夫をし、生きることを楽しむ、そうしたことを意識するようになりました。
私たちのDNAの中には、これまで様々な工夫をして生き抜いてきた方々の知恵がたくさん詰まっています。
それらを少しずつ、昔を思い出しながら、ここに書いていきたいと思います。
更新日:5月9日
2026年5月29日(金)15時半~17時、東京都葛飾区・金町駅前の「カナマチふらっと」にて、コンポスト講座をします。
ご興味のある方がいらっしゃいましたら、是非ご参加ください!
- 5月6日
2026年3月10日(火)、東京都葛飾区の小規模デイサービスで三線の演奏をさせていただきました。
驚いたことに、職員の方3名が、沖縄県出身の方でした。
私自身、しばし琉球の風と音を感じさせていただくことができました。
土屋さん、いつも本当にありがとう。
病気療養のために4年前から三線を始めました。
徐々に気の流れが整っていくと同時に、三線を通じ色々な不思議なご縁をいただくこととなりました。少しずつブログに書いていきたいと思います。


